坂の名は、四百年前の帰郷から来ている
元和2年、西暦でいえば1616年。徳川家康が駿府で死んだ。 家康に付き従っていた者たちのうち、中間(ちゅうげん)、小人(こびと)、駕籠方(かごかた)という三つの組の者が、 江戸へ召し返された。そして彼らは、この一帯に屋敷を賜った。
駿河から帰ってきた者たちの町だから、里の人々はここを駿河町と呼んだ。 それから八十年たった元禄9年(1696)、三組の御家人が拝領した土地であるという由来を大切にして、町名は正式に三組町と改められた。 坂の名は、その町にある坂だから三組坂という。
元和2年(1616)徳川家康が駿府で亡くなり、家康お付きの中間・小人・駕籠方の「三組」の者は江戸へと召し返され、当地に屋敷を賜った。駿河から帰ったので、里俗にこのあたり一帯を駿河町と呼んだ。その後、元禄9年(1696)三組の御家人拝領の地である由来を大切にして、町名を「三組町」と改めた。この町内の坂であることから「三組坂」と名づけられた。
文京区 三組坂の由来より三組町という地名は、昭和40年(1965)4月に消えた。住居表示の変更で、湯島3丁目になったからである。 三百年近く呼ばれた名前が、そこで途切れた。
その二年後、この坂に宿が建った。屋号を、江戸屋という。
- 所在
- 東京都文京区湯島3丁目。江戸屋の建つ坂そのもの
- 名の由来
- 中間・小人・駕籠方の三組の御家人が拝領した土地
- 元和2年
- 1616年。家康の死により三組が江戸へ帰る
- 元禄9年
- 1696年。町名が正式に三組町となる
- 昭和40年
- 1965年4月。住居表示により湯島3丁目へ。三組町の名が消える

湯島天神は、菅原道真より九百年古い
坂を下って五分ほど歩くと、湯島天満宮がある。受験のころに来たことがある人も多いはずだ。 学問の神様、つまり菅原道真を祀る神社として知られている。
ただし、この神社が建ったとき、そこに道真はいなかった。
社伝によれば、創建は雄略天皇2年(458年)。勅命によって建てられ、 祀られていたのは天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)である。天岩戸を開いた、力の神だ。 菅原道真が合わせて祀られたのは、そこから九百年近くたった正平10年(1355年)2月のこと。 郷の民が勧請した、と伝えられている。
つまりこの場所には、学問の神様が来る前から、九百年ぶんの信仰が積もっていた。 梅の季節に人が集まる境内は、そういう時間の上にある。
徒歩十分圏に、明治がもう一つある
湯島でもう一つ見るべきものを挙げるなら、旧岩崎邸庭園を選びたい。江戸屋から歩いて十分ほどである。
明治29年(1896年)、三菱の三代目社長である岩崎久彌の本邸として建てられた。 設計はジョサイア・コンドル。鹿鳴館を設計した、あのイギリス人建築家である。
もとの敷地はおよそ一万五千坪あり、建物は二十棟を超えていた。 いま残っているのは、洋館、撞球室、和館大広間の三棟だけである。 一階のベランダにはイギリス製のミントンタイルが敷かれ、二階では和紙を使った装飾壁紙、金唐革紙の復元を見ることができる。
洋館と撞球室が国の重要文化財に指定されたのが昭和36年(1961年)、和館大広間が昭和44年(1969年)、 敷地と構成全体が指定されたのは平成11年(1999年)のことだ。
撞球室とは、ビリヤード場のことである。洋館から地下道でつながっている。
客に見せるための豪奢ではなく、地下を通って遊びに行くという設計に、当時の暮らしが残っている。


歩いて回れる、江戸屋からの道のり
この宿を選ぶ理由のひとつは、たぶん立地である。ただし駅に近いという意味ではない。 江戸と明治が、歩いて回れる距離に固まっているという意味だ。
坂の上に泊まるということ

湯島は坂の町である。三組坂、実盛坂、ガイ坂、中坂。短い坂がいくつも入り組んでいて、 そのぶん、通り抜ける車が少ない。
江戸屋はその坂の上にある。湯島駅からは徒歩五分だが、最後の一区画が上りになる。 正直に言えば、荷物が重い日は少しこたえる。 そのかわり、夜は静かだ。上野からも秋葉原からも歩いて帰れる場所で、 窓を開けて寝られるくらいには静かだというのは、この街ではあまりない条件だと思っている。
六階の露天風呂は、その坂の上のさらに上にある。 昼間に歩いた分の疲れを、そこで落としてもらうために作られた場所だ。
観光地としての賑わいは上野や浅草のほうが上です。湯島は、上野と秋葉原のあいだにある住宅と坂の町で、夜に静かなことが最大の違いになります。
上野公園まで徒歩15分、秋葉原まで徒歩15分。どちらにも歩いて行けて、帰ってくると静かである、という位置関係です。
三組坂を下って、春日通りに出て左へ。徒歩約5分です。男坂と女坂という二つの階段があり、女坂のほうが段差がゆるやかです。
不忍池です。宿から徒歩10分ほど、夏の朝は蓮が開きます。六時台がもっとも人が少なく、ひと回りして朝食に間に合います。
湯島天神の境内も早朝から入れます。こちらは徒歩5分です。
三組坂そのものは短い坂です。ただし駅から宿までの最後の一区画が上りになるため、大きな荷物があるときはタクシーを使う方もいます。湯島駅から宿までは、平坦な道を選んでも徒歩7分程度です。
- 三組坂の由来について。文京区の坂の解説(元和2年の三組召還、元禄9年の三組町改称、昭和40年4月の湯島3丁目化)
- 湯島天満宮の由緒。社伝による雄略天皇2年(458年)創建、正平10年(1355年)2月の菅原道真勧請。文京区 湯島天満宮
- 旧岩崎邸庭園。明治29年(1896年)岩崎久彌本邸として建設、ジョサイア・コンドル設計、旧敷地約15,000坪・20棟以上、現存3棟。重要文化財指定は洋館・撞球室が1961年、和館大広間が1969年、敷地全体が1999年。公益財団法人東京都公園協会。金唐革紙の素材と復元については、同協会の「岩崎家ゆかりの都立庭園」(PDF)
- 各所要時間は江戸屋(文京区湯島3-20-3)からの徒歩の目安です。実際の所要は経路と歩く速さで変わります
